藤枝宿にまつわる思い出話を掲載しています。また、新たに皆様からの思い出話を募集いたしますので、下記ボタンからフォームにてご送信ください。色々な思い出話募集しております。

思い出募集フォーム

子供の頃の思ひ出(大井神社, 長楽寺

佐野 鉄治様(大正10年生)男性

 昭和の初め頃(尋常小学校3〜4年生の頃)、郡から西益津小学校まで軽便の線路を伝って大手の駅のところが、二股に分かれていて右に行くと小学校、左に行くと焼津へ行った。それを小学校の方へ行くと、途中に大きな松の木があり、学校の門へ入り左側の奉安殿(ほうあんでん・天皇陛下を奉ってある所)を拝み、校舎へ入る。
 ひとクラスが多勢だったため、悪ガキ小僧は、ろくに勉強はしなかった。放課後、カバンを下げて、そのまま大覚寺まで遊びに行ったものだ。帰りに瀬戸川や六間川の土手などにもある桃や梨の実を取って暗くなるまで遊び呆けてよく親に怒られたものだった。
夏は、青池にみんなで泳ぎに行き、ヒシの実を取ったり、魚を取ったりして過ごした。そのためか、泳ぎが達者で、県の水泳大会にも出場したものだ。
 大井神社から長楽寺へ抜ける山道にシイの木の大木が何本もあって、それに登って、シイの実を取ってよく食べたもんだ。あの頃は、それがおやつがわりだった。長楽寺の木に登っていると、坊さんが怒ってはき物を持っていってしまうので、あとから頭を下げてはき物を返してもらいによくいったものだ。
 あの頃を思うと、勉強しなくてもよい時代でありました。

ページの先頭に戻る

子供の頃の思ひ出(大井神社

佐野 保男様(昭和22年生)男性

 子供の頃の思い出と云っても、一昔前のことなのであまり覚えていないが、子供の頃の遊びといえば、お寺や神社でのかくれんぼや隠れ家をつくって家からいろいろな物を持ち寄って遊んだ。
 大井神社のお祭りには沢山の店が出て、境内では夜映画を上映したり、たいへんにぎやかだった思いがあります。遊びはペッタン(メンコ)やビー玉があった。人のメンコを裏返すだけだが夢中になって面白かった。他に釘刺しというのがあって釘を交互に刺して線で結んで出られないようにする遊びだ。あと、ベーゴマや缶けりもやった。今考えるとなつかしい思い出ばかりだ。

ページの先頭に戻る


ページの先頭に戻る