光明寺

雲掃山 光明寺
うんそうざん こうみょうじ

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【所在地】

藤枝市平島372

【開創】

寛文元年(1661)

【宗派】

曹洞宗 藤枝市 洞雲寺末

【本尊】

地蔵菩薩

【由緒縁起】

 「雲掃山光明寺」詩的で、禅的で、スケールの大きな山号寺号である。この光明寺は曹洞宗以前は真言宗の地蔵堂として村人達に信仰されていたというが、記録も無く詳しいことは不明である。寛文8年(1666)、椿年壽公という若い和尚(立僧)が、この平島村の人々の先祖供養のため、村人の協力を得て本堂を再建した。そして地蔵菩薩を本尊として祀り、椿年壽公の師である洞雲寺六世大洲重撮を拝請し、譲功開山として、光明寺は開創された。大洲重撮は大手の源昌寺・天王町の向善寺・内瀬戸の光明寺の開山となった名僧である。本尊の地蔵菩薩は駿河百地蔵17番札所になっている。
 明治22年、近くの神護山平島院が廃寺となり、光明寺に合併された。平島院の本尊十一面観世音菩薩は光明寺本堂に安置されている。明治41年、霊樹秀峰は寺格を法地寺院にあげ、寺の行事や檀信徒の供養を責任を持って行うようになった。その後戦後の世の中の進展に伴って、梅花流の権威である現住職と檀信徒の協力により、次々に諸堂を整備した。
 昭和46年10月 位牌堂建立、昭和48年12月 小裡改築、昭和56年4月 本堂改修、平成6年夏 地蔵堂建立 と境内も整備され、寺観も整ってきた。

《地蔵堂》                                                                                                    
 光明寺の門前御成り街道の道端には光明寺創建以前から地蔵堂が建っている。この堂内に祀られている地蔵菩薩は 桧木造りで、像高161センチもある立派な仏像である。細部は少し傷んでいるが、室町時代の作風を持った古い像であり、地元の人々と光明寺とで守られてきた。


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